テクノロジックの歩み

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EPILOGのレーザー彫刻機を輸入販売しているテクノロジックは、昭和63年創業の会社ですからEPILOGとほぼ同世代の会社といえます。

私が法務局に法人登記するための代表取締役印を作っている頃は昭和天皇がまだご存命でした。

テクノロジックは、もともとトロフィーや優勝カップの製造卸元である「珠宝」という、広島にある会社の彫刻システム部でした。それが分離独立して東京に本社を構えたものです。

設立当初は、NC彫刻機を製造していた三軒茶屋の機械メーカーや、文字彫刻の自動レイアウトソフトを開発した名古屋のソフト会社からもメンバーを受け入れて、資本金1,000万円で登記がなされました。

最初は台東法務局の近くで、和泉町の二階建てで木造なのになぜか「カギヤマビル」という名前の狭い一階事務所に、ヒルマ精機のNC彫刻機とパソコン数台を並べてのシステム開発部兼ショールームを構えました。事務所開所までに、ローランドDGの卓上彫刻機をベースにした「漢迅彫自動彫刻システム」を「珠宝」と同業である全国のトロフィー、カップ屋さんを中心にすでに200台くらいは販売していました。

この彫刻機ユーザーさんの中には、たまたまトロフィー業界と同じカテゴリーでバッジやメダルの金型を彫刻する工房が何社か有って、N88のCADベースで作られた「漢迅彫自動彫刻システム」でパンタグラフ彫刻機に乗せる原板を彫るのに重宝していただいていました。それらの会社から、早くから肉彫り、駆け上がり、三次元彫刻に発展できないかというお話をいただいていました。のちに、ArtCAMやPocketCAMをイギリスのソフト会社から輸入して、日本語版の独占販売することにつながるテクノロジックの飛躍のきっかけを作っていただいた「彫型協会」の方々に支えられていました。

この頃、三次元彫刻とは別に、文字彫刻のネームプレート業界では、同じヒルマ精機の彫刻機を主に関東一円で販売していた「中沢商会」という後のUESの前身となる会社がありました。この会社は、テクノロジックの彫刻ソフト「助っ人CAM」を販売してくださいました。

助っ人CAMは、当時のNC彫刻ソフトの中ではアマテック(尼崎彫刻)の「キャデンジ」と並ぶメジャーなソフトとなり、全国で累計1000本以上の販売を達成しており、NC彫刻機のメーカーであった「飯田製作所」「サカザキマシナリー」「石塚精機」にも相互供給する関係を築いていました。当時、初めての卓上彫刻機を開発した「ミマキエンジニアリング」の開発リーダーが、試作機をうちに持ってこられて見せてくれました。私が「彫刻エリアの割に機械本体が大きすぎないか」と直感的に思ったことをそのまま指摘したところ、驚いたことに開発リーダーはその場で思案を巡らし「基盤を二分割して重ねれば小さくできる」という結論を出してしまいました。即断即決とはこのことでしたが、こうして出来上がったのが「ME-300/500/650シリーズ」で、その後当社だけでも900台近くを販売して、いまだにモデルチェンジしながら売れ続けているロングセラーのNC彫刻機です。

その後、テクノロジックは、同じ和泉町内で近くのきれいな鉄筋コンクリートでできた「音頭ビル」に引っ越しました。そこでは、FANUC製の彫刻機「ロボドリル」が黄色いドアパネルを若草色に変更指定したものや、モディアシステム製のMM400の4軸仕様にするなどしたものを新しいショールームに設置していました。この頃英国のDELCAM社から、ArtCAMの日本語化と独占販売権の権利を取得して、三次元レリーフからロータリ制御のロールエンボス彫刻まで、これらの機器と組み合わせることで、NC彫刻がどんどん高度に専門化する足掛かりをつかみます。

また工業高校を中心とする学校関係にNC彫刻機を提供するために、CADベースのPocketCAMを同じ英国のLicom社と契約しました。その後、それぞれ600本以上を輸入販売しています。

音頭ビルが6年ほどで手狭になって、向かいの東陽ビルに引っ越すと、牧野フライス精機製の「東京工業彫刻組合特別仕様モデル NC彫刻機」をショールームに置いて販売計画で連携します。その後、同社の名機「MSA40」も設置して、その機械にキタガワ製精密円テーブルを搭載してロール彫刻の精度を追求してゆきました。

レーザー彫刻は、この頃までまだほとんど手がけてはいませんでしたが、ナレッジシステムを通じてTrotec製のCO2レーザー彫刻機を導入して、ようやくショールームのデモ活動を始めるに至っています。その後、CO2とYAGの発振器を両方搭載した業界で初めてのハイブリッド機も置いて、レーザー彫刻の可能性を追求し始めます。

テクノロジックは、もともと銘板やネームプレートを彫刻するユーザーが多かったので彫り上りの品位や書体へのこだわり、彫刻深さに対する要求をわきまえていました。

初期のペンプロッタを改造しただけのようなアメリカ製レーザーには、彫刻機ユーザー以上にアレルギー反応を示して、素人が彫刻業界に参入することを看過していましたが、彫り上りの品質に定評のあるEPILOGレーザーとの出会いが待たれます。

ナレッジシステムの立場がTrotecジャパンの設立で存在意義を失い、ナレッジシステムを通じた取引でTrotecレーザーを扱っていた当社も岐路に立たされました。Trotecレーザーに見切りをつけ、新たな活路を求めて、コロラド州ゴールデンのEPILOG本社を訪問したのは2008年の秋でした。

すでにEPILOG社製品を扱う販売店は関西に二社ありましたが、関東にはまだなかったので正規代理店の立場を得て、東京と広島にレーザー彫刻機のデモ機を置きます。その後は彫刻業界だけでなくサイン業界、アクセサリー製造、ファンシーグッズ、ゴム印製作、制御機器製造など向けに、展示会等の広報活動を繰り返して販売展開し、幅広いニーズを拾い上げながら現在に至っています。

長文になりましたが、NC彫刻機やレーザー彫刻機のことなら、機器の発展とともに歩んできたテクノロジックにお任せください。

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